〜美しいお姫様と不思議な猫の物語〜

 お姫様は、高い塔の暗い部屋で、ひとりで泣いていました。
「もう二度と私には、外にでることはできないのだわ」

 魔女から取り上げられた、美しい衣装や豪華な食事はおしくありませんでした。
ただ、失った自由だけが、命と引きかえてもいいほどに、ほしいと思いました。

お姫様をあざわらうように、お城では魔女が、舞踏会を夜ごとに開いていました。
にぎやかな楽の音が、風に乗って、塔にまで聞こえました。

 するとある夜明けに、誰も来られないはずの窓辺に、あの銀色猫がやってきて、
こういったのです。
「おひめさま。かわいそうに」
猫は、かろやかにお姫様のそばにおりたちました。
ふしぎな猫は、いいました。
「ぼくは遠い山の向こうにある猫の国の王子なのです。
旅の途中、あなたに助けてもらいました。
恩は、きっと返そうと思っていたのです。今こそ、そのときです。
ぼくには三つの願いを叶える力があります。あなたを助けてあげましょう」

 猫の王子は、お姫様の手に手をかけると、一つ目の願い事をとなえました。
「あなたがぼくをバラのしげみから助け出してくれたように、
あなたがこの暗い塔を離れ、自由の身になれますように」

 お姫様は、ふわりとした風に吹き上げられたような気がしました。
そうして気がつくと、お姫様はもう、塔の中にはいませんでした。
そよ風が吹きわたる、どこかの明るい秋の丘の上にたっていたのでした。



「ありがとう。猫の王子様」
 猫の王子は、お姫様を見上げると、おごそかにいいました。
「二つ目のねがいごと。あなたがぼくにあたたかい寝床を与えてくれたように、
あなたに暖かな家とやすらぎの場所が与えられますように」

 丘の上に、かわいらしい家が建ちました。
猫の王子は、お姫様の前にたって歩き、家の中に迎え入れました。
暖炉には暖かな火が燃えていて、床にはふわりとした敷物が敷かれ、
ベッドにはきれいなししゅうの入った
羽ぶとんがかかっていました。
台所にはおいしそうなパンや果物や料理がたくさん用意してありました。
銀のうつわに入ったスープからはゆげがあがっていました。
 塔の中の暮らしで、疲れ切っていたお姫様は、ただ両手を胸の前であわせて、
家の中のものたちを見つめるだけでした。

 猫の王子は、ふと顔を伏せて、いいました。
「あと一つ、ぼくにはねがいごとをすることができます。
その願いで、呪いの仮面をはずしてあげましょう。
でも、三つめのねがいごとをすると、ぼくの命は終わってしまいます。
さようならです、お姫様」

「いいえ、いいの」と、お姫様はいいました。
猫を抱きしめて、心の底から、いいました。
「大好きなお友達。その言葉だけで幸せです。
あなたが死んでしまうくらいなら、私はこのままにしておいて」

(第二話終)


<つづき>