〜美しいお姫様と不思議な猫の物語〜

昔々、ある国に、それは優しく美しいお姫様がおりました。
 お姫様のお母さまであるお后様は、早くに死んでしまっていなかったのですが、
優しいお父様の王様や国の人たちに愛されて、お姫様は、幸せに暮らしていたのでした。

 ある冬の夜のことでした。
お姫様は、誰かの悲しい声が聞こえたような気がして、目を覚ましました。

声は外の中庭のほうから聞こえたようでした。
お姫様は白鳥の羽根飾りの付いたガウンを羽織って、ベッドをでました。
外には雪が積もっていて、それを満月がてらしていました。
冷たい風は身を切るようでしたが、お姫様はバルコニーの階段を下り、庭を歩きました。
とても寒い夜のことです。
お姫様の真珠のぬいとりのある白い室内履きも、たちまちのうちに雪でぬれて、凍り付き、
冷たさが刃物で切るように、お姫様のほっそりとした足を突き刺しましたが、
お姫様にはどうしても、あたたかな部屋に帰ることができませんでした。

 雪に埋もれたバラの木の茂みの下に、薄汚れた子猫が一匹、
お姫様を見上げて鳴いていました。
子猫は疲れ果て傷ついていました。
目はうんで、まるでロウでかためたよう、鼻からはいやな色の鼻水が流れていて、
今にも死にそうなようすでした。
その上子猫は、よごれた毛が、バラの枝にからみつき、逃げられなくなっていたのでした。
 お姫様は、バラのとげで自分が傷つくのも気にせずに、子猫を抱き上げました。
白いガウンが、泥と雪でよごれましたが、気になりませんでした。

 それから何日もかけて、お姫様は、子猫の傷をいやしてあげました。
お姫様には、薬草の知恵がありました。
いつもお城の中で幸せに暮らしているのは悪いことのような気がしていたので、
いつか誰か苦しんでいる人を助けられたらいいなと思って、ひとりで勉強をしていたのでした。お姫様の国は、けっして豊かな国ではなかったのでした。

 やがて子猫は、元気になると、輝くような銀色の猫になりました。
そうして、いまはぱっちりと開いた、緑色の宝石のような目で、
お姫様を見つめて、「ありがとう」と、人間の言葉でお礼をいうと、
風のようにかけさって、姿を消してしまいました。

 その次の年の秋、お姫様に新しいお母様がきました。
お父様である王様が、新しいお后様を迎えたのです。
異国からきたその女性は、とても美しく、聡明で、素敵な人のように見えて、
国の人々は、みな、その結婚を喜びました。
誰よりも、お姫様が、新しいお母様ができることを、喜んでいたのです。

ところが実は、その女性は、悪い魔女だったのです。
魔女はたちまちのうちに、魔法で、お父様をはじめとする城中の人たちを、
あやつり人形のようにしてしまいました。
けれど、お姫様だけは、その魔法にかかりませんでした。
心が清らかだったからでした。

 魔女はそのことがにくくてたまりませんでした。
お姫様が美しい姿をしているのも、気に入りませんでした。

だから魔女は、お姫様に、人の手でははずすことのできない、
みにくい呪いの仮面をかぶせました。
そうして城の高い塔に閉じこめてしまったのでした。

(第一話おわり)

<つづき>