第四回


(02年8月24日)

 
 

しばらく前(6月6日)、第12回椋鳩十児童文学賞の授賞式にいってきました。
新人作家の第一作が対象になるので、作家にとっては相当、
運と実力をあわせもっていないと手にできない賞です。
今回は河俣規世佳さんの「おれんじ屋のきぬ子さん」(あかね書房)が受賞作でした。
会場でいただいたパンフレットを見ると、過去の受賞者はやはり実力者ぞろいで、
ひこ・田中さん、森絵都さん、そして第4回受賞者には村山早紀さんの名前がありました。
ご存じ「ちいさいえりちゃん」(あかね書房)ですね。
 村山さんが「ちいさいえりちゃん」(毎日童話新人賞最優秀賞もとっています)
をひっさげて児童文学の世界に颯爽とデビューした(平成6)年、たからは、東京
本社から地方に派遣された一新聞記者として、千葉県南部(木更津市周辺)を
テリトリーに、日々車を運転、事件や事故・催し・よろずの取材業務に駆け回っていました。
もちろん、児童文学の世界とは縁もゆかりもない生活です。
それが5年後(平成11年)の12月には「フカシギ系。(1) しゃべる犬」(ポプラ社)で、
(こちらは颯爽とまではいかなかったけれど)デビューするなんて。
本人がいちばん驚きました。

 「しゃべる犬」は、地方の新聞記者とその息子(小5)を主人公にした連作短編
集です。土固可県おもしろ市の今一新聞おもしろ通信部に赴任している城之内雄大
記者と、息子の大輔、大輔の親友の穂高たちが活躍する、
フカシギで奇妙奇天烈なおもしろ事件簿といったところでしょうか。
作者としては、自らの(通信部勤めの)体験がとても役に立ちました。
 もちろん創作原稿を書くのは会社(新聞社)の勤務時間外のことで、主に土日の
休日を当てています。この姿勢は、デビュー以来変わりません。創作に夢中になって
会社の仕事がおざなりになってはいけませんから。それはもう、きっぱりと割り
切っています。というより、たからの場合、現在従事している新聞社の仕事
(文化部の紙面を作る仕事です)が、これまたおもしろいのですよ。
日本の文化や出版の最前線に立てるし。ときどき村山さんにも児童書の書評とかお願いしています。
最近は村山さんが作家業大忙しで、なかなかお願いしづらい状況になってきていますけれど。
「しゃべる犬」に続いて、翌(平成12)年7月には「フカシギ系。」の第2弾
「そっくり人間」(ポプラ社)を出しました。同じく連作短編集です。
これも力入った作品で、自分じゃ傑作だと思った(まあたいていの作家は自分の作品こそ
傑作と思いこんでいるわけです)けれど。でも、たからしげる、なんて作家の名前は、やはり
巷にはまったく知られていなくて、どこの書店にいっても自分の本を見つけることができませんでした。
村山さんの「シェーラひめのぼうけん」シリーズ(フォア文庫)はさすが、
いつもたいていの書店にありますけどね。

 作家は「売れてなんぼ」と村山さんはいいます。まったくその通りだと思います。
売れるためにはまず、自負のある作品を書かなければいけない。編集者だけではなく
多くの関係者が、たしかにいい作品だと(お世辞ぬきで)認めてくれなくては
いけない。新聞や雑誌ほかで評判にならなくてはいけない。書店に並ばなくては
いけない。読者に喜ばれなくてはいけない。こうしたいくつものハードルを飛び越さないと、
売れる本はできないのだと思います。
 平成13年8月、たからの3冊目「ミステリアスカレンダー」(岩崎書店・1400円)が出ました。
これもまた連作短編集でした。昔、ある編集者に「短編集は売れないよ」といわれたことがあります。
たからはデビュー以来、3冊続けて短編集になりました。短編が好きなのですよ。
これは、夢見沢小学校6年1組のクラスにある「ふしぎノート」に書き残された、
ちょっと怖くて不思議な体験をそれぞれの子どもたちが語っていくという方式の短編集ですね。
背筋がぞっとするというよりも、ちょっと切ない感じの読後感が残る物語が、
カレンダーの1年分並んでいます。
売れませんねえ。選定図書にもならなかったし。だから「売れたら次を」という
約束で岩崎書店の大編集者様にお預けしている、中編4本から成る「ミステリアスシーズン」の原稿は
いまだに、大編集者様の机の引き出しの中で眠りっぱなしというわけです。文句はいえません。
短編・中編集は「出しても売れない」って思われているし、たぶんその通りかもしれないから。

 それで、ついに長編を書くことになったわけです。このたび(14年6月)出たの
「盗まれたあした」(小峰書店・1400円)でした。挿絵はあの東逸子さんで、
星空と少年たちがえもいわれぬ美しさであります。
村山さんは「ふるきよきSFのかおりがして、おもしろこわかった」と感想を述べてくれました
(いちばん最初に届いた感想でした)。小学6年の少年たち10人が、
正体不明のそれぞれのそっくり少年たちに体をコピーされて乗っ取られ、
顔も声も別人のものに変化しながら多次元のパラレルワールドをさまよい歩くといった、
手に汗握る冒険物語です。先週、担当の大編集者様から電話があって、
はやくも千部の増刷がきまったそうです。増刷というのは生まれて初めての経験なので、
たいへんに気持ちよくうれしく思っております。

 続いて出た最新刊(14年8月)は「闇王の街」(アーティストハウス・1600円)です。
たからの長編2冊目です。帯のコピーを紹介すると【人々の心を食い荒らし、
地獄から「あいつ」がやってくる。街をおおう巨大な悪に少年たちが機知と
友情で立ち向かう!】」というのですから、なんだかすごいでしょ。
北砂ヒツジさんの表紙挿画が感じを盛り上げています。「ハリポタ」と同じ大きさの本だから、
同じくらいたくさん売れてくれたらいいのにねえ、なんて欲をかくと、ろくなこと
のないのが世の中です。欲が消えれば世界は反転することがあるのです。
信じないけど信じてるってわかる? 「グリーン先生は、本当は魔法使いなんかじゃないか
もしれない。魔法なんか使えないかもしれない。でも、それでも、いい。いいと
思ったんだ……」と村山さんの「ささやかな魔法の物語」(ポプラ社・1200円)所収
「グリーン先生の魔法」には書いてありますね。
 そんなこんなで、このところやや夏バテぎみで部屋の隅でぐでぐでしている愛犬
メルのくそ暑そうな背中を横目に、日本の暑い夏を過ごしています。みなさんも夏
バテには気をつけてくださいね。たから


「闇王の街」、bk-1の紹介で見ると、こんな感じです。
表紙の絵が怖くていいんですよ、いかにもモダンホラーな感じ。
わたしは拝読しましたが、ホラーとしてわかりやすく説明すると、
キングと言うよりは、クーンツという感じでした。
一言でいうと、悪魔が出てくる話なんですが(悪魔という言葉は使ってないけど)、
悪魔も、悪魔にとりつかれた青年も、最初から石のようにころっとそこにある。
「どうして悪魔はそこにいるのか」「なぜ彼は悪魔にとりつかれたのか」
という説明はいっさいないのです。そういうところが、わたしには
「クーンツみたいだなあ」と思わせました。
謎を解明していく話じゃないです。「うわあこわい。どうしよう。どうなるの。きゃあ」
な話です。子どもはとっても怖がるでしょう。おとなもなかなかにぞっとしました…。

たからさんの書く物語は、わたしは「ミステリアス・カレンダー」あたりとくにすき
なんですが、物語そのものの展開よりも、なにか、心の表面に泡立つ感情のゆらぎを
丁寧にすくい取ってゆくような話が多くて、映像的で映画的で、よいと思います。
「えっ、どうして」というような「ふしぎな思い」だけをテーマにしたような作品を
かける人なんです。
なんだか今回のたからさんの文章を拝読していたら、ずいぶんわたしのことを
買いかぶっていらっしゃるようですが、たからのコーナーがあるからって
遠慮することないんですよ(笑)。あ、でも冬にまた上京しますから、おごってくださいね☆

(村山早紀拝)

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