〜美しいお姫様と不思議な猫の物語〜

ある日、猫の王子様がたまたま家を離れていた時に、
旅の途中の商人が、丘の上の家のそばを通りかかりました。
そうして、小さな家の窓越しに、
お姫様が土の鍋で薬を煮ているところをみてしまったのでした。

お姫様の顔の呪いの仮面をちらりとみた商人は、その恐ろしさに腰を抜かし、
必死になってその場から逃げ出しました。
「なんてことだ。あれは悪い魔女に違いない! きっと毒を作ってるんだ」
 商人は、街へ駆け込むと、広場でそう叫びました。

街の人々は、それは大変だと思いました。
悪い魔女が丘の上に住んでいるというなら、ほうっておくわけにはいきません。
本当に悪い魔女はお后としてお城に住んでいるということを
人々が知るはずもないのでした。

 人々は、手に手に武器を持ち、丘の上の家をめざしました。
 恐ろしいようすでおしかける人々に、お姫様はいっしょうけんめいに、自分は魔女ではない
と話そうとしましたが、呪いの仮面をみた人々は、そのみにくさにおびえるばかりで、
耳を貸そうとはしませんでした。

 猫の王子は、お姫様をかばい、そうして、高らかな声でいいました。
「三つ目の願いです。あなたがぼくの命を救ってくれたように、
ぼくに優しいあなたの命を救うことができますように!」
呪いの仮面が、音を立てて割れました。
そうして銀色の猫は、お姫様のうでの中で、息絶えました。

 街の人々は驚きました。
みにくい仮面の下から、それはそれは美しい娘の顔があらわれたから、
そうして、その娘が、泣いていたからでした。



その涙が、水晶のように澄んでいたので、
人々はこの娘がけっして悪い魔女などではないということをしりました。
 人々は、小さな家の中に、たくさんの干した薬草や、作りかけの薬があるのを見つけました。
そうして人々は、このところ天使のように窓辺に薬を運んでくれていたのは、
このふしぎな丘の上の娘と、そして猫だったということを知ったのでした。

 お姫様は、泣きながら、深い愛をこめて、猫の銀色のひたいにキスをしました。
水晶のような涙が落ちて、銀色の毛並みではじけました。

 そのときでした。猫の王子はよみがえり、お姫様の涙をなめたのでした。
きよらかな心のお姫様のキスには、なによりも強い、魔法の力があるものなのです。

 さてそれから、街の人々は、ほかの街の人々にも声をかけ、
国中のみんなの力で、お城にせめてゆき、
悪い魔女をたおしました。
そしてお姫様が、新しい女王様になったのでした。

のちに親しみをこめて、「猫姫様」と呼ばれた女王様は、
自分が国の人々に助けられたということを忘れずに、まつりごとを行ったので、
国は豊かになりました。
女王様のかたわらにはいつも、あの銀色の猫がつきそっていたということです。

<おしまい>

(初出・産経新聞2001年8月7日〜28日分に掲載)

WEB版挿絵は、ぱせり子(後藤あゆみ)さまです。ありがとうございました。
背景の壁紙は、PAROさま制作のものです。